「どうする家康」殿さんが盗人の真似を…どうした家康!?第7回放送「わしの家」振り返り (6/7ページ)
まずは話し合って欲しかった
さて、岡崎城へ戻った家康は「あんなふしだらな寺を仏弟子とは認めない」と一方的に先代の合意を反故とし、年貢を強制的に取り上げる暴挙に出ます。
「ヒャッハーッ!年貢を寄越せ!」とても主人公の振る舞い(指図)とは思えない(イメージ)
たちまち奪い返されていましたが、そんな弱い武士たちが、よく一向門徒から略奪できましたね(普通は奪い返されることを警戒して、精鋭を担当させるはずですが……)。
せっかく身体を張って領民たちの窮状を目の当たりにしたのに、せめて略奪?前に(松平家康として、公式の)交渉があって然るべきではなかったのでしょうか。
※少なくとも劇中にはその描写・説明がなく、ただ食事の席で「もうわしは決めたんじゃ」とばかり、ほぼ独断専行した印象を受けます。
「一つの寺を一つの国とお考え下され」鳥居忠吉(演:イッセー尾形)の忠告に喩えるなら、家康の行動は一国の総理が他の閣僚に相談もなく平和条約を破棄して攻め込んだようなもの。もし皆さんがそこの国民なら、どう思いますか?
史実でも、三河一向一揆の原因は不入の権をめぐる対立と言われています。しかしもう少し丁寧な描写がないと、視聴者は戸惑ってしまいそうです。
飢えに苦しむ領民たちの窮状を知りながら年貢米を無理やり取り立て、自分は家族(妻子たち)と幸せな食卓を囲む……その姿は、どこぞの独裁者を連想してしまいます。
「銭をやっても、アホウは戦にしか使わん」まったく仰る通りです。
……そして一ヶ月後(いや、その過程=戦闘場面こそ観たいのですが、お願いだから端折らないで?)。