「どうする家康」名門今川家、ついに滅亡!最後に残されたのは…第12回放送「氏真」振り返り (3/8ページ)

Japaaan

懸川城を受け取る際、家康は氏真の使者に対して、

「わしは幼いころから義元様にご後見いただいた。その御恩を忘れるはずはない。だから恩返しとして氏真様のために度々ご意見申し上げたが、氏真様はへつらい者の言葉ばかり信じてわしを粛清せんとなさった。我が身を守るためやむなく戦ったが、本意ではない。幸い北条殿は氏真様の舅でいらっしゃるから、北条殿と力を合わせて武田に奪われた駿河を奪還いたしましょうぞ」

と伝えました。ひとまず松平家忠(まつだいら いえただ。紀伊守)を護衛につけて北条家へお送りします。人々はこの処置に対して何とお情け深い大将かと感じ入ったということです。

【史実篇】一度は駿府に返り咲いた氏真だが……

山県昌景と信玄公。不覚により一度は駿府城を奪われてしまうが、武田から見れば「徳川の裏切り」に思えただろう。歌川芳虎筆

大河ドラマだとこれで氏真退場となるのでしょうが、『徳川実紀』だともう少し続きがあります。

……君にはさすがに今川が舊好をおぼし召。氏真が愚にして国を失へるをあわれみ給ひ。山縣昌景が駿府の古城を守り居たるを追おとしたまひ。北條と牒し合わせられ氏真を駿府にかへりすましめんと。城の修理等を命ぜられたり。この経営いまだとゝのはざる間に信玄入道かくと聞て大に驚き。また駿府城にせめ来り。

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