「どうする家康」まさかの主人公ロス!?金陀美具足と兜首……第17回放送「三方ヶ原合戦」振り返り (3/11ページ)
「今日の働きは、きっと八幡大菩薩のご加護があったに違いない」
そう賞賛する一方で、武田方の者は「本多平八は、家康なんかにはもったいない。ついでに唐の頭(から/とうのかしら)もだ」と茶化したのです。
唐の頭とは熊毛(ヤクの毛。舶来品なので高級)であしらった兜のこと。劇中で信玄と武田勝頼(演:眞栄田郷敦)がかぶっているアレで、実は家康も持っていたのでした。
なお、劇中でボロボロになっていた忠勝。生涯において57度の合戦に臨み、一度も傷を負わなかったと言いますが、ドラマでは「本当は負傷することもあったけど、返り血と言い張った」設定になっていますね。
それにしても、八幡大菩薩のご加護を受けた本多忠勝の暴れぶりを観たかったです。
高天神城について
劇中、気になったのが高天神城の陥落(元亀3・1572年10月21日)。これまで「信玄の存命中に落とされたことはない」と認識していました。
それを勝頼の代になって天正2年(1574年)6月28日に初めて攻略したことが、勝頼が「偉大なる父を超えた」大殊勲として知られています。
と思ったら、実は信玄の侵攻に際して高天神城が降伏していたとの説もあるようです。
ただし信玄が没すると間もなく「勝頼には先がない」とばかり再び徳川に寝返ったとか。実に節操がありませんが、それも戦国乱世の処世術だったのでしょう。
こういう新たな発見や学説が紹介されるのはよいことだと思います。