「どうする家康」まさかの主人公ロス!?金陀美具足と兜首……第17回放送「三方ヶ原合戦」振り返り (6/11ページ)
……霜月下旬 武田信玄遠州二股之城取巻之由中心在之則 信長公御家老之衆 佐久間右衛門 平手甚左衛門 水野下野守大将として御人数遠州浜松に至参陣……
※『信長公記』巻之五(四)味方か原合戦之事
劇中では、何だかんだと理由をつけて浜松城から出たがらなかった信元。これは血気に逸る家康を諫めたことによります。
撃って出れば必ず負ける。背後を衝けば勝てると言っても、信玄がそれに備えていないはずがない。
あえて背中を見せることでまんまと誘い出された家康が惨敗を喫するのは、劇中でも描かれていた通りです。
「ホラ言わんこっちゃない」
信元が浜松城に残って守りを固めていたお陰で、武田勢はそれ以上の追撃を思いとどまったのでした。
ちなみに今回初登場の佐久間信盛。信元に「(主君たる信長に対して)様をつけろ」などと早くも足並みがそろっていない様子。
これは後に信元を讒訴して粛清に追い込む布石なのでしょうか。尾張から浜松へ逃げ込んだ伯父を、家康がどうするのかはまた別の機会に。
余談ながら『信長公記』に登場する平手甚左衛門とは平手汎秀(ひらて ひろひで)。信長ファンならご存じ、平手政秀(まさひで。若き信長の教育係だったが、信長の不行跡を恥じて切腹)の息子ですね。
三方ヶ原の合戦で討死してしまうので、覚えておいてあげて下さい。