織田信雄(信長次男・浜野謙太)が惨敗!天正伊賀の乱「阿波口の合戦」を紹介【どうする家康】 (7/9ページ)

Japaaan

……斯る時節を望む所の伊賀武者なれは、能き時刻を得たりぞと心得、片山隠れ■り、鬨の聲を揚げけれは、手合せしつる国武者共、合図の声を聞くより早く、諸方一度に■を合せて討て出で、暗きに紛れて、散乱して馳せ違う所の伊勢武者を、幽谷嶮難の切所、深田泥の方へ追ひ向せ、陸地の方より、もみ立てもみ立て攻■■れは、寄手の勢、難所に追ひ落され、同士討して自滅するもの、幾千といふ数を知ら寿”、……

※『伊乱記』巻之二「信雄卿阿波口合戦の事」

「この瞬間を、待っていた!」

土地勘のない雨の山路に戸惑う織田勢を一気に追い落とすべく、伊賀勢は一斉に鬨の声を上げました。

すっかり日も暮れて暗くなり、前後も分からぬ不安に駆られる織田勢は深い泥田へ誘い込まれ、混乱の末に同士討ち。

伊賀勢は足場の固い陸地からこれを次々と討ち倒し、織田勢の犠牲者は数千に及んだのでした。

信雄、命からがら逃げ帰る

命からがら逃げ出した信雄(イメージ)

……信雄卿も伊賀勢の方術に迷はされ、一御支えにも及ばずして、辛き命を遁れ、谷に入り峯に登り、道も奈き所を傳ひて、馬物具を打ち捨て置き、ほうほうの体を見はして、深更に及び、長野の宿に引き退く。……

※『伊乱記』巻之二「信雄卿阿波口合戦の事」

【意訳】こうなると、信雄はもう指揮を執るどころではなく、兵を見捨てて逃げ出しました。谷に転がり峰をよじ登り、道なき道を伝って生還を果たします。

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