織田信雄(信長次男・浜野謙太)が惨敗!天正伊賀の乱「阿波口の合戦」を紹介【どうする家康】 (6/9ページ)
「この瞬間を、待っていた!」伊賀国衆、かく戦えり
……斯の如きの猛勢、何れも生国の事なれば、地の利は能く知りたり、所々に要害を構へ、弓鉄砲を伏せ、鎗を合せ、太刀打し、透間もあらせず戦ひて、山岨谷の戸に、追ひ詰め追ひ詰め切り伏せければ、信雄方の軍勢共、攻めあぐみ、忙然として途方を失ひけるに、秋の日の暮れ易き、はや西山に影を隠さんとする折しも、時雨そぼ降り出し、往来の道も見わから寿”、……
※『伊乱記』巻之二「信雄卿阿波口合戦の事」
【意訳】伊賀衆はいずれも勇士ぞろい、しかも生まれ故郷ですから、地の利はよく心得たもの。
各所に砦を構えて弓鉄砲を配置。飛んで火にいる織田勢を一斉射撃、混乱したところへ殴り込み、槍で刀でメッタ討ち。
敵が押して来れば引き、肩透かしを食った敵の力が抜けたタイミングで押し返し……を繰り返す内、徐々に敵を追い詰めていきました。
やがて日が傾き、西山へ暮れゆこうとする頃合いになると、時雨が降り出します。あまりの雨足に往来の道も分からないほどでした。