「どうする家康」さらば狼、ありがとう我が友。第28回放送「本能寺の変」振り返り (11/12ページ)
主の大事に逢はざるをいかり。哀れ光秀御追討あらんには。某も御先討て討死し故主の恩に報じなん。これより河内山城をへて江州伊賀路へかゝらせ給ふ御道筋のもの共は。多くは某が紹介して右府に見えしものどもなれば。何れの路も障ることはあらじと。かひがひしく御受申せば。 君をはじめたのもしきものに思しめす。……
※『東照宮御実紀附録巻四』「天正十年家康伊賀路之危難」
茶屋四郎次郎(演:中村勘九郎)が信長の横死を伝えてくれたのは劇中の通りでしたね。
しかしちょっと違うのは、家康が「今のわずかな手勢で光秀を討つこともできないから、早く京都へ行って腹を切って信長殿の後を追おう」と言っている点。
それを本多忠勝(演:山田祐貴)が「いや、そんな無駄死にするより、三河に帰って兵を集めて敵を討ってこそ、信長様への恩返しになるだろう」と進言しました。
忠勝の心意気に酒井忠次(演:大森南朋)らは感心し、家康も「実はわしもそう思っておったが、帰り道中で落ち武者狩りで殺されてもみっともないと思ったから、腹を切ろうと思っていたのだ」と答えます。
「誰か三河まで道案内がいればいいんだけどな……誰かおらぬか?」と家康が問うと、信長から道案内につけられていた長谷川秀一(はせがわ ひでかず)が「ならばそれがしが」と買って出ました。
「我が主君の仇を討って下さる徳川様のため、微力を尽くしましょう。幸い帰り道中のあちこちに、かつてそれがしが信長様へ引き合わせて恩を売った者たちが多くおります。きっと彼らも力になってくれましょう」
その言葉を心強く思った家康は、一路三河を目指すことに決めたのです。