「どうする家康」ついに始まった最終決戦!第46回放送「大坂の陣」振り返り (3/10ページ)

Japaaan

後藤又兵衛正親(基次)

後藤又兵衛(画像:Wikipedia)

永禄3年(1560年)4月10日生~慶長20年(1615年)5月6日没

武勇にひいで、後世「黒田八虎」「黒田二十四将」の一人に称えられた猛将です。黒田官兵衛や仙石秀久など主君を変えながら戦場を渡り歩きました。

再び黒田家へ舞い戻って黒田長政にも仕えますが、いざこざを起こして奉公構(他家に仕官できないよう嫌がらせ)を食らってしまいます。

福島正則や結城秀康、前田利長など各大名から声がかかったものの、どこにも仕官できません。

そんな中で秀頼から召し抱えられ、大坂の陣では大活躍。軍神・摩利支天(まりしてん)の再来とも恐れられる戦いぶりを見せながら、最後は壮絶な討死を遂げるのでした。享年56歳。

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