ついに『源氏物語』誕生!ヒロインのモデルは藤原定子?ほか…大河「光る君へ」8月18日放送振り返り (5/8ページ)

Japaaan

ファーストサマーウイカ)に対して「光だけでなく、闇の部分も描いてはどうか」と意見したのと通じますね。

ちなみにこの和歌のモチーフが数百年の歳月を経て、与謝野晶子(よさの あきこ)の歌集『みだれ髪』にも活かされたそうです。

話を戻すと、このやりとりがキッカケとなったのか、まひろの『源氏物語』には光も闇も描き込まれるようになったのでした。

巌君(藤原頼宗)と苔君(藤原顕信)について

道長は正室の源倫子(黒木華)だけでなく、側室の源明子(瀧内公美)とも子をもうけていました。

今回言及された巌(いわ)と苔(こけ)とは、それぞれ藤原頼宗(道長次男。渡邉斗翔)と藤原顕信(同三男。佐藤遥灯)の幼名です。

しかし巌(岩)とか苔とか、もう少し人間らしい名前にしてあげればよいのにと思いますが、これは魔除のためでした。

当時は乳幼児の死亡率がとても高く、その原因は魔物が子供の魂を連れ去ってしまうためと考えたのです。

だから子供に人間らしくない名前をつけることで「これは人間ではないから、魂を奪えない」とアピールしました。

ちなみに二人の名前は国歌「君が代」の元となった和歌
「……さざれ石の巌(いわお)となりて苔のむすまで」
に由来すると考えられます。末永く生きて欲しい親心が感じられるでしょう。

なお巌君は寛弘元年(1004年)に元服し、従五位上に叙せられています。

その後も嫡男(正室の子)らには差をつけられてしまうものの、順調に出世していくのでした。

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