「石と水の都」を築いた飛鳥時代の女帝・斉明大王!益田岩船など飛鳥京造営の遺構に秘められた謎を探る【前編】 (5/7ページ)
しかし、現在では同じ丘陵上の南東約500mに位置する牽牛子塚古墳(けんごしづかこふん)の石室として使用される予定だったが、加工途中で放棄されたという説がほぼ確実とされています。
そして、牽牛子塚古墳こそ、斉明大王の真陵として目されているのです。
明日香の開発に「石」と「水」を多用した斉明女帝牽牛子塚古墳の被葬者である斉明大王は、飛鳥時代に2度にわたり即位した女帝です。
斉明の生まれは594年、父親は30代敏達天皇の皇孫茅渟王(ちぬのおおきみ)で、37歳の時に34代舒明天皇の皇后となります。
37歳で結婚というのは当時として高齢でしたが、後に日本の古代史を彩る中大兄皇子(天智天皇)・間人皇女(孝徳天皇皇后)・大海人皇子(天武天皇)の3人を儲けました。
斉明天皇。『御歴代百廿一天皇御尊影』より(写真:wikipedia)
642年、夫・舒明の崩御を受け、49歳で皇極大王として即位。