政略の駒…”悲劇の姫君”から徳川家のゴッドマザーへ!「千姫」の切なくも壮絶な生涯【前編】 (1/8ページ)
江戸幕府を開いた徳川家康の孫で、第2代将軍・徳川秀忠の長女である「千姫(せんひめ)」。
彼女は幼くして豊臣秀頼に嫁ぎ、豊臣家の滅亡後には本多忠刻と再婚するも、夫と死別します。
そんな「千姫」は、時代の波に翻弄されながら、激動の江戸初期を生きた悲劇のヒロインとして語られることが多い人物です。しかし、史実の「千姫」は、弟の第3代将軍・家光を支え、徳川家の礎を築くために力を尽くした女性でした。
今回は、そのような「千姫」のドラマチックな生涯を、[前編][中編][後編]の3回に分けて紹介します。
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千姫の輿入れは淀殿懐柔の手段だった
1603年2月12日、徳川家康は征夷大将軍に就任しました。
