幼馴染みから政治の犠牲に…日本最古の悲恋・十市皇女と高市皇子の純愛をさまざまな角度から考察【前編】 (3/12ページ)
いずれにせよ、十市と高市は、父天武のもとで幼いころから顔見知りの、いわゆる幼馴染みの関係であったといえるでしょう。
本稿では定説通り十市が姉、高市が弟でお話をすすめます。では、本題に入る前に、まず天武天皇と十市皇女・高市皇子の母親も含めてその関係について触れておきましょう。
十市皇女は、定説では648(大化4年)、天武の第一皇女として誕生しました。母は、著名な万葉歌人として知られる額田王(ぬかたのおおきみ)です。額田王の父は宣化天皇(せんかてんのう)の皇孫とされる鏡王(かがみのおおきみ)ですので、その身分は皇族ということになります。
この後、額田王は天武のもとを離れ、天武の兄の天智天皇の寵愛を受けたという説がありますが、これについては史実かどうか判然としません。