幼馴染みから政治の犠牲に…日本最古の悲恋・十市皇女と高市皇子の純愛をさまざまな角度から考察【前編】 (4/12ページ)

Japaaan

飛鳥の春の額田王(作安田靫彦)

一方、高市皇子は、654(白雉4)年、天武の第一皇子として生まれました。母は、現在の福岡県宗像地方の有力豪族・宗形徳善(むなかたのとくぜん)の娘で、名を尼子娘(あまこのいらつめ)といいます。高市の母は豪族の娘ですので、飛鳥時代では、“卑母(母親の身分が低いこと)”の出自ということになります。

天武天皇(Wikipedia)

天武には、多数の皇子・皇女がいました。皇子は、長男・高市(654年生れ)をはじめ、草壁(662年生れ)、大津(663年生れ)、舎人(676年生れ)の他、長、弓削、忍壁、穂積、新井田、磯城らがいます。

皇女は、長女・十市(648年生れ)をはじめ、大伯(661年生れ)の他、但馬、紀、泊瀬部、多紀らがいます。

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