幼馴染みから政治の犠牲に…日本最古の悲恋・十市皇女と高市皇子の純愛をさまざまな角度から考察【前編】 (10/12ページ)
乱の勃発の原因や詳細な経緯については、また別の機会に述べたいと思いますが、結果は史実の通りわずか1カ月ほどで近江朝廷が敗北し、大友皇子は自害に追い込まれ、乱は収束を迎えます。
この壬申の乱において、全軍の司令官を務めたのは、大海人の第一皇子・高市皇子でした。彼は、父の挙兵の報を受けると、弟の大津皇子を伴って密かに大津京を脱出し、美濃国・不破で大海人軍と合流。そこで父から軍事の全権を委ねられ、勝利に大きく貢献しました。
しかし結果はどうであれ、大友の正妃であった十市皇女にとっては、父と夫が命を懸けて戦うという、耐えがたい事態となってしまったのです。十市はわずか24歳という若さで、夫・大友を失いました。
大海人は殊の外、十市を寵愛していたといわれます。