『べらぼう』歌麿が画名を「千代女」にした本当の理由…蔦重を巡る“三人の女”に隠された真意【後編】 (3/8ページ)
命は助かったものの、大人になっても男女構わず体を売り、金のために偽絵を描くというすさんだ毎日を送っていましたが、再会した蔦重に「お前を当代一の絵師にする。だから死ぬな。俺のために生きてくれ 」と真剣に言われます。
母親と愛人を死に追いやった罪を背負い生きてきた歌麿にとって、「死んだ人間には悪いがお前が生きていてよかった」と自分を全肯定してくれる蔦重は、まさに「新しく生き直す」道をくれた特別な存在。
“すでに死んでいた自分を生き返らせてくれた人”だから、歌麿にとって蔦重は “生みの親”。『無償の愛を捧げる対象』だったのです。
小さい子が一心に親を見詰め「自分をいつも見て愛してほしい」「自分が一番の存在でいて欲しい」と願うのと同じ。
いつも蔦重を見詰め言動や行動を理解し、助言しサポートする、そんな「一番自分が側にいる」存在でいたい「自分のことを一番の存在だと思って欲しい」と感じていたのではないでしょうか。
以前、毒母親が酒を飲んで酔うと機嫌が良く、唐丸を抱きしめる場面がありました。うっとうしそうにしながらも、ちょっと嬉しそうな顔をした唐丸。鬼畜の親でも「本当は愛されているのでは」と感じる瞬間は嬉しかったのでしょう。
虐待されているのに、心の奥で持っている親に対する子どもの無償の愛を感じ辛いものでした。
そんな唐丸にとって、以前の吉原の『耕書堂』は大切な場所だったのです。蔦重の日本橋進出とていとのビジネス婚は、不安しかなかったでしょう。
蔦重を公私ともに支えられるのは俺だけという自負以前、いろいろと落ち込む蔦重に「何があっても俺だけはそばいるから」という言葉をかけた歌麿。
彼は、自分が一流絵師になるより、「蔦重のサポートをし、自分の絵でビジネスが大きくし彼を喜ばせる」ほうが、の望みだったのだと思います。