『べらぼう』歌麿が画名を「千代女」にした本当の理由…蔦重を巡る“三人の女”に隠された真意【後編】 (8/8ページ)

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鳥山石燕の妖怪画集『画図百鬼夜行』より「猫又」

蔦重は、ドラマのように江戸の文芸界を牽引する狂歌師・戯作者たちと交流し、歌麿の才能を積極的に売り込みしたそうです。贅沢な多色摺の狂歌絵本を企画し、作画に歌麿を起用したことで作品は大ヒット。

さらに、美人大首絵という上半身や頭の部分をアップにした手法の人物画を描かせてこれまた大ヒット。美人重の画家として世間の評判となります。

「寛政三美人」 歌麿画

けれども、歌麿は蔦屋以外の版元からも美人画を出すようになり、徐々に濫作となり作品の質は落ちていってしまったとか。プロデュース力に秀でる蔦重と比べ、他の版元は歌麿の才を生かすことができなかった……という説があります。

ドラマでは、歌麿は絵師として成功して自信を持ち、蔦重から親離れして、自分はこの江戸で「唯一無二の存在なのだ」と自信を持って生きていく。そんな姿をみたいと思っています。

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