卑弥呼の墓はここか?箸墓古墳を検証――倭国を創出した卑弥呼・台与・崇神天皇の古墳【後編】 (2/10ページ)
倭迹迹日百襲姫命伝承の意味とは
「箸墓古墳」は、宮内庁により「倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)大市陵」として治定されています。
では、その倭迹迹日百襲姫命とは、いかなる人物なのでしょうか。彼女は第7代孝霊天皇の皇女であり、『日本書紀』崇神紀十年によれば、夫である三輪山の大物主神の真の姿を目にして驚き、腰を抜かした際に陰部を箸で突き、そのまま亡くなったと伝えられています。
これが有名な「箸墓伝説」であり、古墳の名の由来になったと考えられています。
また、倭迹迹日百襲姫命は『日本書紀』において崇神朝のシャーマン(巫女)的存在として描かれており、このため多くの研究者は、彼女を「鬼道」を操った卑弥呼に比定することがあります。