卑弥呼の墓はここか?箸墓古墳を検証――倭国を創出した卑弥呼・台与・崇神天皇の古墳【後編】 (8/10ページ)
「箸墓古墳」の東側に位置する「ホケノ山古墳」がある箸中地区は、古墳が集中して築かれた地域として知られています。ここには、3世紀半ばから5世紀にかけて造営された大小さまざまな古墳が点在しており、その多くはいまだ未発掘のまま残されています。
中には、西暦250年前後の纏向3類土器を出土した、直径50メートルを超えると推定される円墳も確認されています。もしかすると、考古学者や研究者の多くが注目してこなかったこの一帯に、卑弥呼の真の墓所が隠されている可能性も否定できないのです。
そして最後に、ヤマト政権において実在した可能性が高いとされる最初の大王・崇神天皇の墳墓について検証してみましょう。
現在、宮内庁は纏向に隣接する柳本古墳群の「行燈山(あんどんやま)古墳」を、崇神天皇の陵墓「山辺道勾岡上陵(やまのべのみちのまがりのおかのうえのみささぎ)」に治定しています。
この治定については、多くの学者・研究者が妥当とする見解を示しています。