卑弥呼の墓はここか?箸墓古墳を検証――倭国を創出した卑弥呼・台与・崇神天皇の古墳【後編】 (1/10ページ)

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卑弥呼の墓はここか?箸墓古墳を検証――倭国を創出した卑弥呼・台与・崇神天皇の古墳【後編】

近年、奈良県桜井市北部の纏向(まきむく)遺跡の発掘成果により、考古学の立場から「邪馬台国の中心地は纏向である」とする見解が有力となりつつあります。

本稿では、邪馬台国畿内(纏向)説の視点から初代女王卑弥呼と二代女王台与、およびヤマト政権の始祖王と考えられる崇神天皇(大王)の古墳を考察します。

【前編】の記事:

卑弥呼の墓はここか?箸墓古墳を検証――倭国を創出した卑弥呼・台与・崇神天皇の古墳【前編】

【後編】では、「箸墓古墳」にまつわる『日本書紀』の記述をもとに、倭国の黎明期を創出した卑弥呼・台与・崇神天皇の墳墓について検証していきましょう。

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