卑弥呼の墓はここか?箸墓古墳を検証――倭国を創出した卑弥呼・台与・崇神天皇の古墳【後編】 (7/10ページ)
筆者が卑弥呼の墓の一候補と考えるホケノ山古墳(撮影:高野晃彰)
そう考えると、「東田大塚古墳」あるいは「ホケノ山古墳」が最有力となるでしょう。特に、葺石を伴い、その築造年代が卑弥呼の没年に近い西暦250年前後とされる「ホケノ山古墳」が、最も可能性の高い候補であると考えられます。
ただ、『魏志倭人伝』の記述を改めて確認してみましょう。そこには次のように明記されています。
「直径は百余歩(約180メートル)で、約百人の人柱が埋められている」
すなわち、『魏志倭人伝』によれば卑弥呼の墳墓は円形をなし、その墓域は少なくとも直径180メートルに及び、さらに多数の殉死者がともに葬られていたことになります。