『べらぼう』歌麿と蔦重、“二人の男の業と情”因果の果てに「写楽」の絵が誕生!?史実を元に考察 (4/9ページ)
とうとうキレてしまった重政先生。NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」より。🄫NHK
蔦重のお抱えから卒業し、フリーランスとなった歌麿。しかし本屋たちは何も言ってくれず、不満を募らせていました。
本屋たちにしてみれば、歌麿の絵なら何でもいいと言う以前に、売れる絵ならば何だっていいのでしょう。
美人画だろうが妖怪画だろうが自然画だろうが……客が買ってくれるなら何でもいい。浮世絵なんて、しょせんは商品に過ぎないのですから。
しかし、歌麿にとってはそうじゃありません。我が子にも似た思いを込めて描き上げた絵たちが、単なる商品として扱われるのは、やるせない思いだったことでしょう。
むしろ蔦重のくどさ≒浮世絵に対する情熱が、癖になってしまったのかも知れません。
一方で蔦重のくどさにうんざりしていた絵師たち。『一目千本』以来、ずっと心血を注ぎ続けてくれた北尾重政(橋本淳)さえもがキレてしまいました。
「こっちはテメェが言った通り知恵絞ってんだ!これじゃねぇあれじゃねぇならガキでも言えらぁ、べらぼうめ!」
そりゃそうです。
