【豊臣兄弟!】秀吉の草履エピソード、実は『べらぼう』時代に誕生。歌麿も影響された「絵本太閤記」の創作だった (5/9ページ)
『絵本太閤記』は、大阪の戯作者・武内確斎が、挿絵師・岡田玉山と組んで出版した一連の読本のひとつです。
最初は一冊で完結するつもりが、評判に評判を呼び、それに応えるかたちで享和2年(1802)の5年間で、7編84冊が刊行されました。
この本の人気ぶりに便乗し、人形浄瑠璃や歌舞伎などでも演じられたとか。歴史考証で裏打ちした精緻を極めた挿絵が数多く、「絵草紙」よりもレベルが高かったために「絵本」としたといわれています。
のちの享保7年(1804年)には、戦国時代の武将など先祖についてのフィクションは罰するという禁止令がでたために、秀吉や信長など実名で描かれていた『絵本太閤記』は名前を改めることになりました。
余談ですが、こんな大ヒット本、もし「べらぼう」の蔦重(横浜流星)が生きていたら、さぞかし、耕書堂で売りたかったでしょうね。
売るだけではなく、「戦国時代の武将が江戸に甦り、恋川春町(岡山天音)が以前描いた『辞闘戦新根』に出てきた地口(江戸っ子たちが使うダジャレ)の化け物と戦う……
なんていうストーリーの黄表紙本を出しそう。「べらぼう×豊臣兄弟!コラボ」でスピンオフやってくれないかななどと、妄想してしまいました。