実は“カネの亡者”だった戦国武将・明智光秀──人望を金銭で補おうとした資金調達係の末路 (4/6ページ)

Japaaan

2026年大河『豊臣兄弟!』で注目の舞台──「本能寺の変」豊臣秀吉・秀長が天下に羽ばたくきっかけに【前編】

錦絵『本能寺焼討之図』楊斎延一画(Wikipediaより)

ここまでは当時の勝者として一般的な行動ですが、光秀はそこから現代換算で数億〜数十億円規模のバラ撒きを行い、味方を増やそうとしています。

宣教師ルイス・フロイスの記録では、光秀は有力武将に7,000クルザード(約1億6千万円)を与えたとされます。朝廷にも2万クルザード(約4億6千万円)を献金しました。

さらに光秀は京都の庶民にも減税を行い、「人間は金で動く」という信念を徹底していました。

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