実は“カネの亡者”だった戦国武将・明智光秀──人望を金銭で補おうとした資金調達係の末路 (5/6ページ)

Japaaan

たしかに戦国時代の武将は金で動くことが多く、秀吉も備中高松城からの帰還時に兵へ臨時ボーナスを支給しています。しかし、光秀のバラ撒きは規模が桁違いでした。

しかし致命的なことに、光秀には秀吉のような人望がありませんでした。

その結果、ご存じの通り光秀の天下は「十日天下」(実際は十一日でした)で幕を閉じます。

山崎の戦いで敗れ、逃亡中だった彼は「逃亡に協力してくれた者に莫大な黄金を与える」と約束していたにもかかわらず、農民に襲われて死亡したのです。

天下人に必要なのは金だけではなく、人を惹きつける力でした。光秀の資金調達力は優秀でしたが、それは同時に彼を孤立させる諸刃の剣でもあったのです。

「実は“カネの亡者”だった戦国武将・明智光秀──人望を金銭で補おうとした資金調達係の末路」のページです。デイリーニュースオンラインは、延暦寺明智光秀戦国武将戦国時代織田信長カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る