『豊臣兄弟!』姉川は“地獄”だった…お市・長政・小一郎の「覚悟」で新しい局面に突入した第15話を考察 (7/10ページ)
このドラマでは「男の武将の数だけその陰には女性がいる」という考えのもと女性も丁寧に描いています。
「戦国女性は、黙って涙を袖で押さえつつ、大人しく従う」だけではなく、「男にはわからん!」と、戦う「母の覚悟」も描いているのではないでしょうか。
※参考:
『豊臣兄弟!』息子3人を失い一族すべて処刑…豊臣秀吉の姉・とも(宮澤エマ) 激動の生涯予告によると、浅井の忠臣・宮部継潤(ドンペイ)に、「藤吉郎の子を人質に寄越すなら織田につく」といわれ、藤吉郎は万丸を差し出そうとして、ともにブチ切れられるとか。藤吉郎は小一郎にともの説得を頼みます。
「死んでも万丸は手放さん」というともの声に、「わしらはもう百姓ではない。侍なんじゃ」という小一郎の声。
「あんたらが侍になったおかげで生活は楽になったけれども。我が子を差し出せなぞ、そんなこと承知できるかい!」と、ともにはブチ切れて欲しい……。
史実では、万丸ことのちの豊臣秀次は、元亀3年(1572)に宮部城城主・宮部継潤のもとに4歳のころ養子(事実上の人質)に出されています。浅井氏滅亡後は返してもらえると考えられていたものの、その後養子となりしばらく宮部吉継を名乗り、ついで三好廉長の養子となり三好信吉に。
さらに、秀吉が天下人への道を進み始め、側室淀殿の子・鶴松が亡くなると秀吉の養子となり豊臣秀次と名乗り、関白職を譲れますが。
