朝ドラ『風、薫る』DV夫と決別し女性の自立を支えた“熊本の猛婦”…校長・梶原敏子のモデル・矢嶋楫子の生涯 (2/8ページ)
梶原敏子校長兼所長と英語教員兼養成所の舎監兼通訳の松井 エイ(玄理)(NHK朝ドラ『風、薫る』公式サイトより)
「女性の地位向上」に尽力した矢嶋楫子「風、薫る」の公式サイトで梶原敏子は、
女学校の校長と養成所長を兼任。学生が導入された学校教育の黎明期に教員となった。時代を切り拓いていく女性の育成に熱心。
と紹介されています。演じる俳優、伊勢志摩さんは『あまちゃん』『虎に翼』などの朝ドラでも出演していた俳優さんです。
敏子は、学校や生徒たち全体を見守る立場。この敏子のモデルとされているのが矢嶋楫子(やじまかじこ)なのです。
楫子は、天保4年4月24日(1833年6月11日)肥後国上益城郡津森村杉堂(現・熊本県上益城郡益城町杉堂)の惣庄屋・矢島忠左衛門直明と鶴の2男7女の6女に生まれました。
「また女か」とがっかりした両親が名前を付けなかったため、姉・順子が「かつ」と名付けたとか。
ちなみに、三女・順子は熊本女学校校長となった教育者、四女・久子は小説家・徳富蘆花、思想家・徳富蘇峰などの母、五女・つせ子は熊本藩士で儒学者の横井小楠の後妻に。のちに、敏子を加えたこの四姉妹は「肥後の猛婦」「四賢婦人」と呼ばれるようになりました。
かつは25歳で、当時は「いき遅れ」の年齢だったため、既に子供のいる富豪男性と再婚。