朝ドラ『風、薫る』DV夫と決別し女性の自立を支えた“熊本の猛婦”…校長・梶原敏子のモデル・矢嶋楫子の生涯 (1/8ページ)

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朝ドラ『風、薫る』DV夫と決別し女性の自立を支えた“熊本の猛婦”…校長・梶原敏子のモデル・矢嶋楫子の生涯

「自立する女性」がいかに社会的に尊重されない存在だったか……が随所に散りばめられている、NHK朝の連続テレビ小説『風、薫る』

マザコン夫・奥田亀吉(三浦貴大)に「女に学問はいらねえ!」と暴れられた一ノ瀬りん(見上愛)。孤児だから「女郎の娘だろ」とさげずまれる大塚直美(上坂樹里)。

帰国子女で、外国語・ダンス・西洋マナーにも秀でているのに「欧風芸者」と陰口を叩かれる大山捨松(多部未華子)など。

「誰かに嫁いで、家にいて仕事や学問はせず、妻となり母となる」のが女の幸せという考え方が一般的だった時代。そんな流れに身を任せず、自分の足で歩き自分の翼で飛び立つ女性たちが次々登場しその個性を輝かせています。なかには実在の人物をモデルにしたと思える登場人物も。

今回、ご紹介するのは、トレインド・ナースになるべく、りんと直美が通い始めた『梅岡女学校』の校長で附属の看護婦養成所の所長、梶原敏子(伊勢志摩)のモデルだと推測されている矢嶋楫子という女性です。

「熊本の猛婦」とも呼ばれ、さまざまな社会的活動をした人で、渡米した際に大統領に『世界で一番チャーミングなお婆さん』といわれた矢嶋楫子。どのような人だったのでしょうか。

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