朝ドラ『風、薫る』DV夫と決別し女性の自立を支えた“熊本の猛婦”…校長・梶原敏子のモデル・矢嶋楫子の生涯 (3/8ページ)
しかしながら、夫は酒癖が酷いうえに度を過ぎたDV男でした。
酔って生まれたばかりの赤ん坊をめがけ抜き身の小刀を投げ、それを庇ったかつの二の腕に刀が命中するという常軌を逸した事件を発生させたほど。
『風、薫る』では、りんの夫・奥田亀吉もしょうもない酒乱のモラハラDV夫でしたが、かつの夫はそれを上回る驚愕のクズ男です。
そんな夫にかつは精神的に衰弱し半盲状態になるほどだったため、三人の子をもうけていましたが家出、迎えに来た使いの者に、見事に結い上げた黒髪を根元からプッツリ切って紙に包み、無言の離縁を言い渡したのでした。
明治元年(1868年)、かつはこれを転機に新しい一歩を踏み出したのでした。
伊勢志摩さん演じる、梶原敏子校長兼所長(NHK朝ドラ『風、薫る』公式「X」より)
「だから自分で自分を治めなさい」と校則を作らずかつは、自ら「楫子」と改名。もともと向学心があったので、教員伝習所に通い明治6年学制が施行され全国に小学校が設置されると、訓導試験に合格。芝の桜川小学校(現・港区立御成門小学校)に採用されました。
明治11年(1878)には、米国の宣教師で教育者のマリア・T・トゥルーと運命の出会いをします。(マリア・T・トゥルーは、ドラマの中では宣教師・メアリーのモデルといわれています)
明治14年(1881)夏、桜井女学校の校主(現在の校長と理事長を兼ねた職)代理に就任。楫子は校則を作らず、「あなたがたは聖書を持っています。