朝ドラ『風、薫る』ナイチンゲールの教え子だった厳格教師…バーンズ先生のモデル、アグネス・ヴェッチの生涯 (4/8ページ)

Japaaan

(明治20年(1887)10月〜明治21年(1888)年10月ごろ)

繊細なレースに縁取られた衣装とヘッドキャップがおしゃれなバーンズ先生(NHK『風、薫る』公式「X」より)

ナイチンゲールの教え子だったアグネス・ヴェッチ

アグネス・ヴェッチは、天保13年(1842)に、スコットランドのエジンバラで誕生。明治7年(1874)には旧エディンバラ王立救貧院病院看護学校にて一期生として入学し、看護を学びました。

卒業後にエディンバラ王立救貧院病院で看護婦を始め、その後、セント・メアリー病院や新エディンバラ王立救貧院病院でも働いています。明治14年(1881)に病院を退職、兄が宣教医をしていた清朝に向かったのです。ずいぶん行動力がある女性だったようですね。

(余談ですが、ヒロインたちはもちろん、大山捨松(多部未華子)といい矢嶋楫子がモデルでは?と推測される梶原敏子(伊勢志摩)といい、日本に「看護の道」を切り拓いた女性たちは、この時代に海外に行っていたせいか、すごい行動力があって圧倒されます)

アグネス・ヴェッチは、明治20年(1887)に日本政府に「お雇い外国人」(※)として招聘され、東京帝国大学(現在の東京大学)医科大学第一病院の看護教師として着任しナイチンゲール方式の看護を教えます。

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