朝ドラ『風、薫る』ナイチンゲールの教え子だった厳格教師…バーンズ先生のモデル、アグネス・ヴェッチの生涯 (5/8ページ)
※お雇い外国人:幕末・明治の日本で、政府・民間を問わず各機関や個人に雇われた人
1年間、同病院で看護教育に当たる中、宣教師のマリア・T・トゥルー(ドラマ内では、宣教師メアリーのモデル)が創設した桜井女学校から来た大関和や鈴木雅らを、同病院の看護婦や副看護婦と合わせて指導、看護方法の講義のほか西洋式の看病術を病院で実地訓練していました。
その際、複雑な日本語を話せないときは、英語が堪能だった鈴木雅が通訳をしていたといわれています。
1888年(明治21年)11月に任期満了となり日本を離れますが、彼女の教育のもと、桜井女学校からの依託生6人を含む28人が看護婦として養成され、うち1人は看護教師となりました。
修了式では個々に修了証が手渡されたのですが、鈴木雅の修了書だけ「彼女は自分の職務に対し、最も理解しており、看護教育に最適な人物と考える」と署名入りで書いてあったとか。冷静で芯の強い雅を自分の後継者にと思っていたそうです。
「トレインド・ナースの育成」という偉業をなしとげたアグネス・ヴェッチは、1942年に故郷のエディンバラで100歳で亡くなりました。
出典:『植村正久と其の時代 第5巻』。前列真ん中の人物がアグネス・ヴェッチで、撮影時期は1888年10月26日の1期生卒業当時と推定。 前列右より二人目は大関和。