朝ドラ【風、薫る】りんの人生を動かす外科助手・黒川勝治(平埜生成)…実在モデル・瀬尾原始の実像 (5/9ページ)
当時、原始は外科助手と兼任で看護婦養成の任に当たっていたそうです。
明治21年(1888)年、そこで看護学生だった大関和が看護実習を受けていました。原始はそれで和を知ったのでした。
病院解任時、佐藤三吉に知命堂病院を勧められる前回ご紹介したように、史実でも大関和は看護婦養成所を卒業後に実習を受けた「帝国大学医科大学附属第一医院」に配属され、外科看病婦取締を務めます。
そして、今だに差別が残る環境に我慢できず、佐藤三吉に看病婦の労働条件や待遇などを改善するための建議書を提出。けれども、その行為は医局の男性医師たちの怒りを買ってしまいました。(『風、薫る』のりんも人のために、“まっすぐ正しいことをしよう”と頑張る人ですよね)
三吉は、看病婦取締だった和を解任。けれども、和の仕事に対する情熱やスキル、観察力や知識の深さを高く評価していたので、越後高田の知命堂病院を勧めたのでした。
※参考:
朝ドラ【風、薫る】りんの運命を大きく変える外科医…今井益夫(古川雄大)のモデルとされる佐藤三吉の史実けれども、それより先に、桜井女学校の校長・矢嶋揖子(『風、薫る』の梶原敏子(伊勢志摩)のモデル)や、経営者のマリア・T・トゥルー(『風、薫る』の宣教師メアリー(アニャ・フロリス)のモデル)らが、和に就職先を斡旋します。
