朝ドラ【風、薫る】りんの人生を動かす外科助手・黒川勝治(平埜生成)…実在モデル・瀬尾原始の実像 (7/9ページ)

Japaaan

初勤務の大学病院を首になり転職するとは、一見外聞がよくないような感じですが、実は、このことにより和の看護婦人生は大きく変化し、それとともに日本の「看護」が大きく前進したといえます。

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そう思うと、そんな運命に導いた佐藤三吉や瀬尾原始との出会いに感謝ですね。(もちろん、矢嶋揖子やマリア・T・トゥルーにも)

原始の家族の看護により信頼関係が深まる

知命堂病院の看護長に就任後、和は瀬尾の次男が気管支カタルが悪化して呼吸困難になりチアノーゼになったとき、現在でいう人工呼吸をして救命措置を行いました。

さらに明治27年(1894)、全国的にコレラや腸チフスが流行ったとき、妻の瀬尾ソノが腸チフスに感染。和はソノが回復するまで看護を行なったそうです。献身的に家族の看護をしてもらったことが、さらに瀬尾と和の信頼関係を深めたのでした。

また、同年、原始は『知命堂病院 附属産婆看護婦 養成所』という看護学校を開設。原始は所長、和は知命堂病院の看護長と兼ね看護学校の講師にも就任しました。

さらに、新潟上越地方でも感染症が拡大したときのこと、原始は私費を投じて『速成看護婦 養成所』も設立します。感染症患者の看護を担当する看護婦を養成することにしたのでした。ここの運営にも和が関わる予定だったともいわれています。

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