『豊臣兄弟!』秀吉が生涯悔いる見捨てた尼子勝久と家臣・山中幸盛との信頼関係…第22回を考察 (8/10ページ)
秀吉が無意識ながら一時的に記憶を封印したのは、罪悪感で潰れそうな自分を守るためかもしれません。
そんな兄を助けるため、小一郎はさまざまな手を尽くすも気の抜けたようなままの秀吉。けれど、心配して訪れた母・なか(坂井真紀)が作った粥で、尼子軍を思い出し記憶が戻った様子です。
おっかさまの「記憶を無くしたいほど辛い思い出なら、いいんじゃないかねそのままで。また百姓に戻ればいい」という言葉。一見そんな気楽な〜と思いますが、実は自分を追い詰めず壊すことなく「生き抜く」ための真理のような気がします。
名前を刻めば願いが叶うかわりに災いもかかるという円教寺の曰くつきの柱に名前を刻む小一郎。そんな弟の熱意も通じ、秀吉は「忘れたい苦しく辛い思い出もあるが、忘れたくない思い出もある」と、完全に記憶を取り戻しました。
小一郎が、自分の名前を刻んだ柱は現存しています。
本編後の『紀行』で書写山・圓教寺の寺の宝物が所蔵されている「食堂」の柱に「羽柴小一郎」「天正六年」といった刻み文字がある(家来が落書きしたとか)ことが紹介されていました。
大河は、予告後、最後の「紀行」まで観て大河です。