『豊臣兄弟!』竹中半兵衛の死後、秀吉四参謀はどうなった?謎多き家伝「武功夜話」が伝えるそれぞれの最期 (7/11ページ)
病床において秀吉の施政について批判的であったとされる秀長。(NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK)
1591年(天正19年)2月、秀長は郡山城にて死去、享年52歳でした。秀長について『武功夜話』は「御舎弟・秀長様は関白殿下が藤吉郎と称していたころから多くの合戦に参加し、その武功は数知れない。また兄弟の序を貫き、弟としての道を尽くした本当に真義の厚い方であられた。さらに胆力があり、めったなことには動じない。数々の貢献を果たしてきたが、決して驕ることがない大人物であった。その誠実さと徳を想い、諸将はみな心から喜んで従った」と称賛しています。
秀長が心から信用していたとされる千利休(Wikipedia)
秀長の死から間もなく、千利休が秀吉の命で切腹して果てました。長康は小田原から戻ると利休と会談を行っています。