『豊臣兄弟!』竹中半兵衛の死後、秀吉四参謀はどうなった?謎多き家伝「武功夜話」が伝えるそれぞれの最期 (8/11ページ)

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そこで利休は「病床の秀長公から朝鮮出兵をはじめ、いろいろ殿下に諌言するように求められました。貴殿はどのようにお考えか」と問いかけました。長康は「朝鮮出兵は間違いなく国内疲弊をもたらす。自分は反対だ」と利休に述べたとされます。

死期が迫った秀長としては、自分のほかに秀吉へ諫言できるのは、もはや利休をおいてほかにいないと思い詰めていたのでしょう。それが利休切腹に結びついてしまいました。一方、長康にとっても利休はわずかに残された盟友の一人でした。『武功夜話』は、利休の死について「一人但馬守様(長康)、年来の心約の人を失い落胆限り無く候」と語っています。

こうして秀吉四参謀は、ついに長康一人になってしまいました。そして盟友たちを喪ったあとの長康の人生は、過酷なものとなっていきます。長康は秀吉に領国の但馬に戻り隠居したいと申し出ますが、それは許されませんでした。

文武に優れていた長康。(NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK)

長康は蜂須賀正勝と並び武勇の人と思われがちですが、実は内政面でも豊臣政権を支えた重臣として秀吉からも頼りにされていたのです。

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