『豊臣兄弟!』荒木村重(トータス松本)が見殺しにして、妻・だし(山谷花純)と竹中半兵衛(菅田将暉)が助けた二人の幼子の運命 (5/9ページ)

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この兜は半兵衛が持ち主で、形見分けで福島正則が入手し、その後、長政の手に渡ったそうです。

兜の名「一の谷」は源平合戦で知られる場所で、源氏が険しい山を馬で駆け下りて平氏を奇襲した「鵯越の逆落とし(ひよどりごえのさかおとし)」を行った古戦場です。

この兜は、一の谷の断崖絶壁を表現したデザインで、半兵衛が源氏の勝利にあやかり作らせたのでは……といわれています。

実際は、どこまで長政が半兵衛に恩義に思っていたか明確にはわかりませんが、半兵衛の兜を被った長政を、息子の竹中重門が手助けをして共に戦ったことを思うと、ずっと絆は紡がれていたのでしょう。

左:黒田長政(wiki)右:竹中半兵衛の像(photo-ac)

黒田長政と竹中重門の名前が並ぶ碑

岐阜県の関ヶ原にある標高164mの丘陵地・岡山に竹中重門は、黒田長政とともに陣を取り戦機を見て狼煙を上げました。

南宮山・松尾山・笹尾山・中山道・北国街道・伊勢街道……などが一望でき、戦況が把握しやすく関ケ原の合戦の「開戦の狼煙」を上げるには好適地だったのです。

現在も山頂からは、関ケ原の町一帯を一望することができます。

ここには『岡山(丸山)烽火場/黒田長政・竹中重門陣跡』があり、石碑には、「丸山狼烟場」の文字の下に黒田長政と竹中重門の名前が並んで刻まれています。

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