朝ドラ『風、薫る』虎太郎(小林虎之介)が再登場!『立身出世』を夢見る明治社会の若者群の象徴か (5/9ページ)

Japaaan

初対面のシマケンには「りんと同じ医療に関わる薬で世の中に役立つ仕事をしたいと思っています」と、煽り気味に答えていましたが。

コレラに罹患した母親を助けられなかった悔しさ、患者なのに差別をされる理不尽さは、ずっと心の中に残っていたのかもしれません。

上京し大人っぽくなった竹内虎太郎。(NHK「風、薫る」公式「X」より)

『立身出世』を夢見る明治の若者の象徴・虎太郎

実際、江戸時代から日本橋本町界隈には薬種商が集まり「くすりの街」となっていました。昭明治初期にはまだ合成薬を作る技術はなく輸入薬頼みでした。

明治15年(1882)頃になると「西洋薬」を扱う店が急増したそうです。そして、政府は医薬品の国産化を目指し、翌年には日本初の製薬会社が官民共同で設立されました。

当初は、「製薬会社」というよりも薬舗・薬種商・製薬所という名称のところも多かったとか。明治22年(1889)、薬品営業並薬品取扱規則(薬律)が制定され、「薬局」や「薬剤師」などの名称が正式に定められ、現在の医療に近づく大きな一歩を踏み出したのでした。

ちょうど、大関和らが看護婦養成所を卒業した頃ですね。

この頃の製薬業は、近代化が一気に進んだいわば『最先端の産業』のひとつだったといわれています。

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