朝ドラ「風、薫る」りんを巡る三角関係の予感?横沢公輔(井上祐貴)とシマケン(佐野晶哉)の決定的な違い (4/8ページ)
「新聞記者なら、君の原稿はいつでも載せられる。」と言われ悩むシマケン。NHK「風、薫る」公式「X」より
政争の武器として政治議論中心の「大新聞」ジャーナリズムとしての「新聞」が登場したのは、幕末の黒船来航〜明治初期頃です。
そして、大きく「大新聞」と「小新聞」と呼ばれる二つのジャンルに分かれ、明治7年(1874)頃には、それぞれの差が明確になりました。
最初に、勢力を持ったのは「大新聞」でした。「大新聞」は、政治議論を行うことを目的として編集する、いわば政争の武器としての新聞です。
たとえば、明治5年(1872)前島密らによって創刊された『郵便報知新聞』、明治7年(1874)創刊の『朝野新聞』などが代表格になります。
自由民権運動の高まりとともに、政党の機関紙的な役割を担う新聞も多く、漢文調で読者は知識層やインテリ層が中心でした。
「郵便報知新聞」「朝野新聞」は、自由民権派の立場で、国会の開設や憲法制定などを求めて政府を批判する新聞。
かたや、現在の毎日新聞の初代である『東京日日新聞』などは代表的な官権派(政府側)でした。