朝ドラ『風、薫る』黒川医師と“運命の再会”…りんの実在モデル・大関和が再び看護婦に戻った理由 (6/10ページ)

Japaaan

実際、日本医史学雑誌の「明治 24 年濃尾地震における東京慈恵医院の救護・看護活動」によると、

〜東京慈恵医院による看護婦派遣数は救護団体中最も多い 20 名……近代的な看護婦を訓練した東京慈恵医院看護婦教育所の卒業生たちであった。

これらの訓練を受けたトレインドナースによる救護活動は現地にも影響を与え、震災後、岐阜県立病院の看護婦養成の契機ともなっている〜

とあります。

動画でその様子をリアルタイムに観られることはできない時代でも、新聞などで大規模災害の被害状況を聞いたら、何もかも放り出して救護に駆け付けたかったことでしょう。

ドラマのりんと同様、思ったら即行動するために突っ走る性格だった和。

きっと「やはり、看護婦の仕事に戻りたい」という思いが強くなったのだと思います。(ドラマでは、この大地震は描かれるかどうかはわかりませんが)

濃尾地震の避難所 wiki

高田での「運命の再会」が再び看護の道へ

そんな時、大関和は高田の町で、偶然にも第一医院で共に働いていた医師・瀬尾原始(ドラマでは外科助手・黒川勝治(平埜生成))と再会します。

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