朝ドラ『風、薫る』さよなら吉江先生…実際はりんのモデルを看護婦の道へ導いた実在モデル・植村正久とは (4/10ページ)
そして、永慶が紹介したのが植村正久の弟・正度が経営する英語塾だったのです。その塾ではほとんどがクリスチャンでした。その教えに興味を持った和は、教会にいる兄の植村正久を訪ねたのが出会いの始まりです。
キリスト教には興味がなかった和ですが、正久の裏面のない誠実な人柄に惹かれて信頼するようになりました。
ドラマの原案伝記小説では、和が正久に好感を持ったのは、彼は妻のことを「愚妻」とは呼ばず「賢妻」と呼んだというところ。
すごく、わかりますね。
明治時代は、「女は内をに在りて夫を助け家政を営め」な女性差別が当たり前の時代でした。
そんな時代、ほぼ同世代の男性の植村正久が「賢妻」と呼んでいることに和は感動を覚えたのではないでしょうか。(元夫がひどい男だっただけに)
旗本の息子が英語とキリスト教を学び牧師に
植村正久は和とおなじ安政4(1857)年に、徳川1500石の旗本の息子として江戸で生まれました。
維新後にお家は没落し、一家は横浜に引っ越します。正久は西洋の学問で身を立てようと熱心に英語を学び、その過程でキリスト教と出会ったのでした。
父は商売で身を立てようとするも失敗し病死、生活はどんどん苦しくなります。そのとき、正久はアメリカ人宣教師・ブラウンが開く英語塾に通っていましたが、学費の捻出が困難になってしまいました。