朝ドラ『風、薫る』さよなら吉江先生…実際はりんのモデルを看護婦の道へ導いた実在モデル・植村正久とは (8/10ページ)

Japaaan

ドラマの吉江善作先生も、始終泣くのは正久のそんな人柄を取り入れたのかもしれませんね。

和も感情が突っ走る人で、看護婦になってからも、何かあると正久に号泣しながら怒ったり文句を言ったりしていたそうです。

同じ年なのに、正久は和にとっては甘えられる優しくて包容力のある父親のような存在だったのかもしれません。

感受性豊かだった植村正久。wiki

直美に贈った『恵風看護婦会の名前』

ドラマでは、直美のことを一ノ瀬家が家族として受け入れたこと、直美が実母に会え看取れたことなど、そろそろ子離れしでも大丈夫だなと思ったのでしょうか。

吉江善作先生は九州で伝道するために東京を去ります。ずっと心配していた娘が立派に独り立ちして、嬉しいけれどさみしくてまた泣いてしまう吉江先生でした。

そんな先生に、直美は自分が新しく立ち上げた「派遣看護の会」の命名をお願いしました。

先生が命名したのは『恵風看護婦会』。お手紙には、

〜直美様 恵の風と書いて「けいふう」看護婦會と致候 直美様のように優しく心地好き風の吹き候様願居候 吉江〜
とありました。

ちなみに「恵風」は、万物を成長させるめぐみの風の意味で、春風を指すそうです。

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