『豊臣兄弟!』後半の鍵を握る「浅井三姉妹」茶々・初・江——秀吉に翻弄された波乱の生涯 (10/12ページ)
三度目の夫は、険悪な関係だったものの調和した徳川家康の嫡男・徳川秀忠でした。秀忠は天正7年(1579)生まれなので江より6歳ほど年下でした。
秀吉は、江と秀忠の間に娘ができたら、自分と茶々との間にできた豊臣秀頼と結婚させ、徳川家を取り込む腹づもりだったと伝わります。
江は、再再婚にあたり、羽柴小吉秀勝との間にできた娘・完子を連れて行きたいと願い出るも、秀吉はそれを許さずに茶々に養育させます。
猿、江の人生をなんだと……。
徳川の勝利でやっと穏やかな人生に
徳川秀忠に嫁いで3年後に秀吉が亡くなり、『関ヶ原の戦い』が勃発、徳川軍が勝利を収めて一気に勢力を拡大させました。
江もようやく江戸城の女主人となり、2男5女の合計7人の子に恵まれました。
嫡子の徳川家光はのちに江戸幕府三代将軍となりますが、徳川将軍の生母となった正室は江だけです。
家光が生まれたことで江もやっと落ち着いた人生を手に入れました。そして、寛永3年(1626)江戸城西の丸にて息を引き取ります。享年54でした。
江は、自分が死んだらすぐ火葬にするように申し伝えていたとか。家族が集まる前に自分の遺体が腐敗するのを恐れ見せたくなかったといいます。