『豊臣兄弟!』後半の鍵を握る「浅井三姉妹」茶々・初・江——秀吉に翻弄された波乱の生涯 (9/12ページ)
小谷城で生まれたとも母・お市と姉たちが長政の死後、織田家が引き取ってから生まれたとも伝わります。
江は養父・柴田勝家と母・お市を失った後、豊臣秀吉の養女となります。そして秀吉の都合で(織田信雄の命令とも)尾張大野城主で従兄弟の佐治一成と結婚。
しかしながら、天正12年(1584)『小牧・長久手の戦い』で秀吉と家康が火花を散らす関係になったとき、佐治一成は家康が三河に帰国する際に船を提供し、秀吉の逆鱗に触れます。
秀吉は「姉の茶々が病気」と偽り江を呼び戻し、そのまま強引に離婚させたと伝わります。(諸説あり)
長政と市の娘、浅井三姉妹の三女・江(西川愛莉)(写真:NHK大河「豊臣兄弟!」公式「X」より)
二度、三度と結婚させられた江さらに、史実の江には悲劇的な運命が。
強引に離婚させられた後、翌年の天正13年(1585)、12歳で、今度は秀吉の姉・ともの次男で秀吉の甥・羽柴小吉秀勝と結婚させられます。
二人の間には娘・完子を授かりましたが、秀勝は朝鮮出兵時に24歳という若さで亡くなってしまいました。
次に江は、またまた秀吉の都合で三度目の結婚をさせらます。
まったく、戦国時代とはいえ「女性の人生をなんだと思ってんだ!」と言いたくなるほど。