『豊臣兄弟!』千利休(吉岡秀隆)ついに登場!なぜ信長や秀吉は「茶の湯」にここまで傾倒したのか? (3/8ページ)

Japaaan

珠光は大徳寺の一休和尚に参禅したと伝えられ、唐物を中心としたそれまでの茶の湯に対して、簡素な草庵の茶を志向した人物でした。

村田珠光 (Wikipedia)

彼は信楽・伊賀など素朴な国産の茶道具にも目を向け、華美な唐物だけを尊ぶのではなく、不足のなかに美を見いだそうとします。これが、後の「侘び茶」へとつながる大きな一歩となりました。

そして珠光の茶風を受け継いだのが、堺の豪商・武野紹鴎(たけのじょうおう)です。紹鴎は田舎屋のような草庵分風の茶室を用い、質素な空間のなかに精神性を求める茶の湯をさらに発展させました。この茶の湯は、京都や堺の富裕な町衆の間にも受け入れられていきます。

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