『豊臣兄弟!』千利休(吉岡秀隆)ついに登場!なぜ信長や秀吉は「茶の湯」にここまで傾倒したのか? (4/8ページ)

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千利休 NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK

そして紹鴎の思想を受け継ぎ、さらに深めた人物が千利休(宗易)でした。利休は、茶室や茶道具、作法にいたるまで、徹底して簡素化を進めます。

そこに表現されたのが、「やつしの美」と呼ばれる美意識です。やつしとは、高い身分や豪華さをあえて隠し、質素で目立たない姿に身を落とすこと。そうすることで、かえって奥深い趣や気高さを表現するのです。

こうして利休は、禅の精神を背景に簡素な空間と道具、そして人をもてなす心を一体化させた「侘び茶」を大成していきました。

信長、秀吉を魅了した千利休

利休は堺の商家に生まれ、塩魚を扱う魚問屋を営んでいたといわれています。しかし、次第に茶人として名を高め、織田信長、そして豊臣秀吉に仕えるようになります。信長のもとでは茶頭を務め、秀吉の時代になると、その存在感はさらに大きなものとなり、やがて天下一の茶の宗匠と称せられるようになりました。

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