【豊臣兄弟!】史実でお市・勝家・三姉妹の別れはどのように伝わった?秘められた母娘の覚悟と北ノ庄城の真実 (2/8ページ)
茶々に胸の内を語るお市、(NHK「豊臣兄弟!」公式サイトより)
長政と共に死ねぬことが「悔しかった」お市出陣の際「佐々(成政)を残しておく。いざという時は頼れ」という勝家に向かって「お断りします。このたびは共に死ぬ覚悟です」ときっぱりと伝えたお市。
なんの迷いも恐れも感じられません。以前、小一郎に「私を殺してみよ。織田を滅ぼすとはそういうことじゃ」と、決別を告げたときの毅然とした表情と同じです。
お市は、「長政と最期を共にできなかった」という思いをずっと胸のうちに抱えていたのでは……と想像したくなるような記述が江戸時代にまとめられた覚書の写本『渓心院文』にあります。
「御いちさま仰せには、あざい殿時分出させられさえ御くやしく候に」
『渓心院文』は、お市の次女・初が晩年常光院と号した時代、本人ではなく初を世話をした尼僧の渓心院が書き残したものです。
現代語に意訳すると「お市様は小谷城落城のときに、夫・浅井長政と共に死ぬことができずに生きて城を出たことが『悔しい』といっていた」という意味でしょうか。
伝聞に基づく後世の覚書ではありますが、「御くやしく候に」に秘めたたる思いを感じます。