『豊臣兄弟!』「織田家になど生まれなければ」信雄の暴言は単なる創作か?壮絶な半生と父への複雑な思い (3/9ページ)

Japaaan

信雄に激怒する秀長(NHK「豊臣兄弟!」公式サイトより)

たしかに信雄には、大きな失敗がありました。

1579年(天正7年)9月、信長に無断で伊賀へ侵攻して大敗。その際に多くの家臣を失い、信長から激しく叱責されています。

信長が信雄に送った叱責の書状では、伊賀での敗北を「天の道理に背く」行為と厳しく批判し、さらに家臣を討ち死にさせたことについても「言語道断」としています。

そして命令通りに上方へ出陣していれば「天下のためになり、父への孝行、兄信忠への思いやりになる」と述べ、最後には「親子の縁を切るようなことになると思え」とまで言い渡しました。

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