『豊臣兄弟!』なぜ石川数正(迫田孝也)は徳川家康を裏切ったのか? 史実とドラマ描写から見える出奔の理由 (4/10ページ)
織田信長との同盟をまとめたともいわれる(NHK「豊臣兄弟!」公式サイトより)
そして本能寺の変の後、羽柴秀吉が急速に台頭すると、数正は秀吉との交渉を担当するようになります。
小牧・長久手の戦いにおいても、数正は軍事面だけでなく外交面で存在感を示しました。戦いの最中から、秀吉との和睦を家康に勧めたともいわれ、徳川家が難しい判断を迫られるなかで、重要な役割を担っていたのです。
外交交渉では単に交渉術だけでなく、相手の立場を理解する能力や、現実を冷静に見極める判断力も必要でした。数正がこうした役目を任され続けた背景には、彼の能力と人柄に対する家康の信頼があったのではないでしょうか。
そして筆者は、数正が持っていたこの能力こそ、のちの出奔事件を考えるうえで重要な鍵になると考えています。
『豊臣兄弟!』が描いた数正出奔の背景『豊臣兄弟!』第39回「茶々の本心」では、豊臣兄弟と石川数正の関係を通して、出奔に至る経緯が描かれています。
ドラマでは、家康と信濃の国衆・真田昌幸との対立が続くなか、秀吉が数正を大坂城へ呼び出し、真田との和睦を迫ります。
この背景にあるのが、秀吉による天下統一への動きです。