83歳筆者の「手作り葬儀」始末記...105歳の母を送って

| Jタウンネット
画像はイメージです(theUdødeligさん撮影、Flickrより)

画像はイメージです(theUdødeligさん撮影、Flickrより)

以前にこのコラムに登場した「お坊さん便」もそうだが、葬儀の形は、時代とともに変化する。特に近年は、仰々しい儀式を省略し、身近な人のみで見送るシンプルなスタイルが、むしろ注目を集めている。

本コラムの筆者・ぶらいおんさんは昨年、「老老介護」を続けてきた105歳のお母様の最期を看取った。その際に実践した「手作り葬儀」を、今回は振り返る。

一人で行った母の「通夜」

連載中の本コラム中でも、どこかで触れた筈なのだが、これまで83歳の筆者が、専ら介護を続けて来た母は昨年(2016年)11月5日に満105歳の天寿を全うした。特に苦しむことも無く、それまでの眠りを続けながら、静かに息を引き取った。将に「眠るがごとく」というに相応しかった。

夕方、容態が「予断を許さぬ」という連絡を看護師から受けて、病院まで自家用車を運転して出掛けた。同行者は無く、一人で。

それは、元々、筆者が東京生まれ、東京育ちの人間で、子供達も、筆者の弟妹達も全て東京在住であって、唯一、当地(関西の地方都市)で、残る家族は同居の80歳近い、複雑骨折で背中の曲がった家人が、たった1人だけという状況であり、この際、家人には家の留守を任せるのが、相応!と判断した結果である。

臨終は、筆者の到着とほぼ同時であった。手も温かく、額に手をやっても、何時もと同じように何の変わりも無く暖かいままであった。

少しでも、介護する筆者に迷惑を掛けまいとする、母らしい最後であった。

筆者も淡々と、今、彼岸に渡ろうとする母を静かに感じ、見守ることが出来た。

ところが、現実の時間は、そんなものとは関係なく、流れる。

ピックアップ PR 
ランキング
総合
社会