83歳筆者が「敬老の日」に考える...若い人に知ってほしい、老いるということのリアル (7/7ページ)

Jタウンネット

前途に溢れた、あなた方の楽しい人生に水を差す気持ちは毛頭無いが、「人であれば、誰にでも確実に「老い」はやって来る(反面、それは或る意味で、成長経過の証でもあるのだから)、そしてそれはまた、当事者が考えて居るより遥に早足に(お呼びで無くても)近付いて来るものでもある。

だからこそ、精一杯燃焼して燃え尽きるのもよし、また、堅実な人生を大過なく、ゆったり送るのもよいが、生きている限り、経時的な身体的、精神的減衰(老化)を回避することは誰にも出来ないから、ここで考えて置くべきことは、そうなってしまってから慌てるのでは無く、平生からそうなったときの対応を研究、工夫し、また、それを敢然として受け入れるだけの覚悟を決めて置くことこそ肝要であろう。

(蛇足-「老い」について、専ら筆者の当面している問題について書いたが、意を尽くしたとは到底言い難い。一般に「老い」の態様、個人差についても様々なバラエティが存在するのだから。一面的な見方だけでは無く、もっと多様な事例や事象を、場合により一層具体的なケースに限って、また考える機会を作ってみたい。それは(筆者の勝手な思い込みかも知れぬが)、普通の人生を送る大部分の方々に、何らかの参考となるであろう情報を、水先案内人として届け得るという筆者の確信にも似た思いに基づく。)

buraijoh.jpg筆者:ぶらいおん(詩人、フリーライター)東京で生まれ育ち、青壮年を通じて暮らし、前期高齢者になって、父方ルーツ、万葉集ゆかりの当地へ居を移し、今は地域社会で細(ささ)やかに活動しながら、西方浄土に日々臨む後期高齢者、現在100歳を超える母を介護中。https://twitter.com/buraijoh
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